自分が担当させていただいていた、ご利用者様がご逝去され、本日は葬儀に参加させていただいた。
そこで、会場アナウンスや喪主さんのご挨拶があり、生前の故人についていろいろなエピソードを聞く。
どんなにアセスメントしようが、面談しようが、そこには新しい発見がたくさんある。
この方はハイビスカスが好きだった。
一生懸命、向き合ったつもり、理解したつもり、ICFに則り、環境因子など様々な角度から分析したつもり。
しかし、私はこの方がハイビスカスが好きだったことを知らなかった。
好きなお花すら知らなかった。
利用者という視点ではなく、全人的にとらえるという真の意味はきっとこういうところにあるのだろう。
知っていたから、ケアプランに役立つ、役立たないとかではなく、どれだけその人に興味を持って、愛情を持って接するかということ。
私たちが出会ういわゆる利用者さんは、当然、何か困ったことが出てきているときに出会う。障害を持っていたり、疾病があったり。
しかし、元気だったころ、若かりし頃を経て、さまざまな人生経験をして今日の利用者さんがいるわけで、ついつい初めて出会った、その状態でその人を見てしまう。
不謹慎かもしれないが、葬儀ではその方の歴史や人生を少しでも垣間見る事が出来て、非常に興味深い。
故人のご冥福を祈るとともに、どれだけ自分の見る目が稚拙なものか、己の反省ができ、今後の糧としている。事業所の中には、仕事上きりがないから葬儀には出ないという事業所もある。
しかし、我々の仕事は、行きつく先は死であることが多い。だからこそ、葬儀に参加するということには非常に大きな意義があるものだと、個人的には思っている。
介護の仕事って、勉強や技術練習だけでなく、人生で経験することがすべて活かせる。これがわかってくると、この仕事の本質的な楽しみがみえてくるんだと思う。