2008年5月14日の日本経済新聞の記事を見て、思ったことです。
http://www.nikkei.co.jp/news/past/honbun.cfm?i=AT3S1302D%2013052008&g=MH&d=20080514
「3つの試算案」に疑問。
?軽度の要介護者を制度の給付対象外にした場合(要介護2より軽度の方は全て対象外とする案)
?軽度の要介護者の家事支援など「生活援助」給付をなくした場合
?軽度の要介護者の自己負担を1割から2割に引き上げた場合
給付費の圧縮見込み
?2兆900億円 ?1100億円 ?2300億円
だそうですが…
給付費を抑制していく必要があることは十分にわかりますし、必要なことです。
でも、この試算案はいかがなものでしょう?
1割から2割ということはまだわかりますが、要介護2より軽度の人は対象外、すなわち給付しないということは、逆に考えると、要介護2の人への社会保障はそこまで必要ないということですよね。
この試算をしようと思った人(財務省)に問いたい。
要介護2の状態を本当に分かっていますか?ということです。また、生活援助給付をなくすという案も、本当にそのようなことをすることで、QOLを追求できますか?軽度の方はQOL追求に対して、社会保障する必要はないということですか?
そもそも、介護認定のやり方自体に問題があるような気がしてなりません。
認定調査時に、情報の取りこぼしが多いこともしばしばみられ、その評価の仕方、判定の仕方も十分に認知されていない現状があると思います。
取りこぼしは、認定調査員も人間で、調査を受けるのも人間。
あっても不思議ではないですが、その事実を把握しながら改善しようとしないその姿勢がいけないと感じます。
不服申し立ての件数も統計的に多くなっているのでは?と推測しています。
予防給付がはじまってから、周りでもよく聞くからです。
この部分がしっかりしていないから、介護度で区切った場合に様々な支障や不満が噴出するのです。
介護保険法の目的そのものを忘れていませんか?
木を見て、森を見ず…という印象です。
さて、「生きていればそれでよい」
介護従事者のほとんどは、この言葉に対して「NO」と答える筈です。
そこには、その人らしさをだしてもらったり生活の質を向上させたりなどの言葉が足りないからでしょう。
今の国や保険者の給付費抑制の動き全体の方向性が、せっかく措置から契約へ移行し、利用者に選択の自由を与えるともっともらしいことをいっているのに、真逆の方向に向かっていると感じてしまうのは私だけでしょうか?
利用者本位、利用者目線で考えるなら、自分たちは何ができるか。
そういうところに時間と労力を掛けていくべきです。
我々自身がもっと成長し、制度を育てながら、自己成長をしていかなくてはならない、国もそこに力を入れていくべきです。現場教育にもっと手厚い環境を、そして従事する皆様の社会的立場の確立にも、国は尽力していただきたい。優秀な人材が逃げない為にも。
今後、介護保険を利用する人、従事する人に明るいニュースがでてくる事を期待してなりません。